「カメムシはなぜ群れる? 離合集散の生態学」藤崎憲治著を読みました。著者のカメムシ研究の歴史が綴られた興味深い内容でした。テーマは一貫してカメムシの集合と分散です。餌、捕食者、異性、越冬場所、繁殖場所をめぐるカメムシの集合および分散に関する研究成果が記されています。カメムシ類は分類学的には半翅目の異翅亜目に属する昆虫で、前翅の基部に近い半分が革質化しています。カメムシは蛹期がなく、不完全変態を行う昆虫です。幼虫と成虫の形態は翅の有無以外は基本的に変わりません。
著者はホオズキカメムシの一齢幼虫の集団が、野外で突然、孵化した食草から姿を消すメカニズムとして集合ホルモンと警告ホルモンの寄与を実験的に示しました。ホオズキカメムシの幼虫はお互いに頭を外に、(いつでも逃げられるように)お尻を内側に向けて円形に集合するようです。
カメムシの面白い生態として。スコットカメムシの越冬中の交尾行動があります。一般に、越冬期の昆虫類は休眠していますが、スコットカメムシは越冬場所に集合して、寒い中でも交尾するようです。著者は、その適応的意義を興味深く考察されていました。
著者はカメムシの集合と分散の研究を通して、最終的に翅多型性の問題に辿り着かれたようです。カンシャコバネナガカメムシには翅多型(長翅型と短翅型)があるようで、生息密度および繁殖速度と多型性との関係を観察し、それぞれの繁殖戦略を考察されていました。更に一般化して飛翔性喪失の進化に関して考察を行われていました。
石炭紀になって、翅を後方に曲げて腹部の上に折りたたむことができる新翅類と言われる昆虫が出現し、狭い場所でも活動可能となり、爆発的な適応放散が起こり、現在のような多種多様な目の昆虫に分化し、繁栄していきました。昆虫は飛翔することで、餌や配偶者の効率的な探索、天敵からの逃避が可能となりました。また、生息環境が悪化すれば移動することで生息圏を拡大させました。しかし、飛翔は、翅の発達、飛翔筋の発達、飛翔行動の発達などの試練を乗り越えてはじめて実現可能で、昆虫にとってエネルギーの必要な行為です。そんな中で、飛翔性を喪失することで飛翔に必要なエネルギーを別の方向に振り向ける(例えば繁殖速度向上)戦略をとる昆虫が出現してきたようです。翅多型は翅を使って生息圏を拡大する戦略と今の環境に留まり繁殖する戦略の両方を取り入れた環境の変化に対応した、したたかな生残り戦略のようです。